40歳を過ぎてから新しく始めたこと(前編)

お疲れ様です。

税理士の浅原です。

私は、現在44歳の中年男性です。

体も脳も、時の流れには逆らえず、日々のメンテナンスと休息が欠かせません。

そんな私ですが、40歳を過ぎてから、未経験の分野でチャレンジを始めたことがあります。

「体力づくりのための空手」と、この「ホームページの制作」です。

40歳を過ぎてから新しく始めたこと(後編)

今日は空手について、書いてみます。

釣ったカサゴは塩焼きにしていただきました。
白身の魚はおいしいです。マイフレンド。

体力づくりをはじめたら、たまたま種目が空手だった

もともと、運動は超苦手です。

小学校、中学校と、体育の成績は9学年通じて、オール1でした。

真剣に頑張っててこれなので、私の運動性能については、推して知るべしです。

乏しい体力とともに、運動習慣もないまま中年になってしまいましたが、

それでも、大きな怪我や病気などはなく、やってこれました。

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しかし、39歳になったとき、原因不明の体調不良が続いて、

食べられない、眠れない、という日が続きました。(そういえば、この年は厄年でした。陰陽道恐るべし)

それが、1年ほど続いて、このまま俺、弱って死んじゃうのかな?と弱気になることもあったのですが、

いやしかし、嫁さんや子どもを放っておいて死ぬわけにはいかない、と一念発起して、

体力づくりを始めることにしました。

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いまだにわからないのですが、なぜかその時、「空手をやろう」と思いまして、(ジャッキーチェン世代ではあるものの、空手バカ一代世代ではないのですが)

自宅から車で15分くらいの、市民センターの一室を使ってやっている空手道場に見学にいきました。

そこでは、最初にミット打ちをさせてもらったのですが、

(師範)「浅原さん、何かやってた?」

(浅原)「全然何も。この20年、運動はしてません」

(師範)「いやーそんなことはないよ、やってたね。これは経験者の蹴りだよ。ぜひ我々と一緒にやりましょう」

と誘ってもらって、入門することになりました。

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たまたま、私が通うことになった道場が、フルコンタクト空手の道場でして、稽古は、形よりも組手に重きを置いています。

毎回かなりハードな練習なので、最後まで立っていられませんが、運動不足は少しずつ解消されてきました。

絶望的に上達しない

空手をやり始めた当初、「やっぱり私には無理だ、練習がハードすぎる」と感じて、

何度も、続けることを断念しかけたことがあります。

でも、何度も同じことについて考えていると、本当は、ハードな練習が嫌なのではなくて、

「強くて動きのいい若者たちに混じって、いつまでたっても上達しない中年男性の、

みじめな姿を晒すのが嫌だ」と感じていることに気付きました。

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練習が苦しいのは仕方ありません。

もともと体力がないし、今まで体力づくりもしてこなかったし。

そこは諦めがつきます。

しかし、日ごろ経営者さんたちと話をしながら、どちらかというと教えることが多い立場で人と接しているのに、

空手に関しては、周りの若い人達から教えてもらうばかり。

しかも、何度教えてもらっても、その通りにできない。

組手稽古では、こちらは100%の力で向かっていくのに、

若い方たちには30%くらいの力であしらわれて、しかも全然歯が立たない。

とてもこれでは、自分のプライドを維持できません。

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上達しないのに、これ以上、続ける意味があるのだろうか。

体力づくりという当初の目標を忘れて、若い人達との競い合いにフォーカスしてしまい、自分自身を見失った状態が、しばらく続きました。

「上達しない」ことに囚われない

ただその時、同時に思っていたのが、「このままでは終われない」という想いです。

もう辛いから本当にやめよう、次の稽古のときに師範に伝えよう、と思うと、そのすぐあとに

「足をけられて、お腹を殴られて、うずくまっている自分の姿」が脳裏に浮かんできます。

そしてその映像と同時に、

「こんな弱っちい自分は嫌だ。運動不足の中年男性が、激しい格闘技をはじめたんだから、

上達できないのは仕方ないけど、弱っちいまま辞めていく方が、よっぽどみじめだ」

という想いも湧き上がってきます。

私自身は、弱い人間だと自覚しているのですが、その心の奥では、

「『弱い自分』を受け入れまいと拒み続けている自分」がいました。

そんな感じで、「みじめだ、辞めたい」と「辞める方が、もっとみじめだ」という2つの思いを抱えながら、

ゆるゆると続けていました。

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ある時、3回目の肋骨骨折をして、さすがにもう続けられないと真剣に考えて、今までのことを振り返ってみたときに、いくつかのことに気づきました。

・40過ぎのおじさんなのに、若い人たちと同じように上達したい、と願うことが間違っているのではないか。

・いや、そう願うことは間違ってはいないけど、それが叶わないからといって、自分を責める必要はない。

・どう考えても、体を酷使する運動なら、若い人の方が有利なのは間違いないし、運動不足の中年男性と体力が有り余っている若者を、同列比較してはいけない。

・そもそも、中年の初心者で入門してきたのって、この数年間で俺だけじゃん。

・それだけ、初心者にも中年にも、未経験で取り組むにはハードルが高いってことだろう。

・辞めずに稽古を続けているだけで、すごいと思っていいんじゃないだろうか。

・「上達しない」ということに囚われていては、これから先も何も、新しいことは始められないんじゃないか。

・そういえば、「上達しない」ことを、注意されたり、バカにされたことはないな。

・周りの人が、みな自分より強い、ということは、自分は常に全力でぶつかっていける、ということか。

・縁あって始めた空手なんだから、ほかの人のことは気にせず、自分なりの空手との関わり方を探っていけばいいのではないか・・・

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空手を始めて、今年で5年目になります。

おかげ様で、体力もついてきました。

今は、あまり先のことまで考えずに、とにかく次の稽古のことだけ考えよう、という風にしています。

その結果、もう辞めることは考えなくなり、毎週稽古の日は、仕事を早めに切り上げさせてもらっています。

最近は、師範と一緒に、道場に来るお子様たちの稽古のサポートもさせてもらっています。

まとめ

中年になってから未経験のことを始める、というのは、

やってみた私としては、非常にハードルが高いと感じています。

特に、運動系は、大変です。

脳も体も、かつて経験済みのことには反応できるのですが、

未経験の新しいことには、反応できるようになるまで、かなり時間がかかります。

それでも、新しい文化や技術、考え方を受け入れて、自分の中に馴染ませていく、という行いは、

とても意味があると感じます。

そもそも、ビジネスの第一線にとどまろうとするなら、

新しいサービスやITなどの最新技術を取り入れてく柔軟性が不可欠です。

今のところ、私自身の活動時間は、仕事と子育てとブログと空手で手一杯なので、

更なる新しいことに手を出す余裕がありませんが、

仕事の効率化と子どもの成長によって、時間が確保できるようになったら、

次なるテーマにチャレンジしたいと思っています。