会社に残った人、会社から離れた人

お疲れ様です。

静岡の税理士、浅原です。

先週、賃貸物件のリフォームのために、かつての同僚が手伝いに来てくれました。

その同僚(以下「Sちゃん(男性)」)は、以前の勤め先の同僚で、

現在は上級職を務めています。

同郷で同い年のSちゃんは、昔から面倒見のよい人で、

「いいよ、あっさー。電気工事の資格も取ったし、手伝うよ」と二つ返事で、現地まで来てくれました。

わたしは、会社から離れましたが、Sちゃんは、会社に残った人です。

Sちゃんについて、思うことを書いてみます。

Sちゃんにやってもらった
ウォシュレットのコンセント設置

労働環境の捉え方

労働環境というのは、物的な環境、人的な環境とあります。

わたしは物的な環境については、ある程度我慢できますし、

また会社側が環境整備に応じてくれなくても、自助努力や自己負担で、

それなりに快適な環境を整えることは可能です。

しかし、人的な環境だけは、どうしようもありません。

会社側が、一方的に整備してくるので、スタッフ側は、ただただ受け入れるだけです。

わたしの場合、自分の性格も災いして、上席者とぶつかり摩擦が起きることが多かったので、

それが直接の原因ではないにしても、その上席者との摩擦が、

退職を後押しすることになったのは間違いないです。

その点、Sちゃんは、わたしと同じフロアで、同じ上司に管理されていましたが、

クサることなくやっていました。

飲みに行けば、必ず批判の集中砲火を受ける上司がいましたが

(その人に、わたしもSちゃんも管理されていた)、

Sちゃんは、あまりその上司にはフォーカスしていなかったようで、

さほどSちゃんは、会話で盛り上がることもありませんでした。(という気がする)

Mちゃんは、二十歳そこそこの当時から、自分でコントロールできるものとできないものを区別し、

自分でコントロールできないものについてはフォーカスしない、ということをしていたのだと思います。

いわば、上司との関係は、自然災害との関わりと同じで、

「防衛はするけど、攻撃対象ではない」という風に捉えていたのでしょう。

わたしは、「こんなに理不尽な自然災害の多発する場所には住めない」と感じていたけど、

Sちゃんは「どこに行っても自然災害からは逃げられない」ということに、気付いていたのでしょう。

「人的な労働環境をどのように捉えているか」が、

わたしとSちゃんの進路の違いに影響を与えたのは、間違いないです。

行動基準の捉え方

会社や組織などの大所帯では、内部ルールが自然と出来上がります。

皆が勝手に行動し始めては、とても全体の管理ができませんから、当然のことです。

しかし、組織が大きくなればなるほど、部分最適と全体最適の違いや、

手段と目的の入れ替わりが発生しやすくなります。

例えば、複数の部署にまたがるプロジェクトを受け持っていたわたしの部署では、

忙しいときは本当に時間が足りません。

準備が間に合おうが間に合うまいが、締め切りは来てしまいますので。

そういうときに、「労使交渉期間中だから残業はダメー」などと言われると、もう打つ手がありません。

わたしは、このような行動基準の違い(「ベストな準備で本番に臨みたい」と「社内ルールが第一」)が、

自分の中で処理できずに苦しみました。

Sちゃんも、同じフロア、同じ上司の下で働いていたわけですから、

似たような苦しみは抱えていたと思います。

ただ、彼は折り合いをつけたのでしょう。

今も、会社に残っているわけですから。

与えられた行動基準自体に、良し悪しの評価をしていたわたし。

与えられた行動基準はそのまま受け入れて、その中でベストを尽くしてきたSちゃん。

わたしからすると、よくそんなことできるなー、納得できないものを受け入れるなんてできないなー、

と思っていましたけど。

でも、それをやってのけるのがSちゃん。

きっとそれは、もともとSちゃんの中にしっかりとした軸があって、

外側から別の行動基準が入ってきても、自分の中心軸は揺るがない、

という確信があったのでしょう。

わたしは、ようやくブログを書きながら、自分の軸を手探りで確かめている段階です。

Sちゃんにやってもらった引っ掛けシーリング
やり方も教えてもらった
電気工事の資格、取ろうかな

「納得感」というエッセンス

小さな決断から大きな決断まで、何かを選択するときには、

わたしは「納得感」を大事にしています。

アマゾンで3万円くらいの電子機器を買うにしても、何日もかかってしまうのは、

事前にいろいろと調べることで、

「ここまで調べて買うわけだから、失敗しても仕方ない」という「納得感」を得るためです。

調べる時間がもったいない、とは常々思いますが、それでも、

ろくに調べずに買って失敗したら後悔するのは目に見えているので。

つまりは、「納得感」はわたしにとって、「失敗を受け入れるためのもの」、

もしくは「後悔の深度を少しでも浅くするためのもの」です。

わたしが以前の勤め先を辞めて、その後転職を繰り返していたときは、

辞めてしまったことに対する後悔に何度も襲われましたが、

それでもその後悔を消化してやってこられたのは、「納得感」があったからです。

「自分の可能性に触れてみたいなら、会社を出るしかない。

可能性に手を伸ばすことを、諦らめきれない」という

「退職への納得感」です。

そして、「会社を出なければ、自分の可能性に触れられない」と、

わたしは思い込んでいましたが、

Sちゃんは、「会社に残っていても、自分の可能性には触れられる。

会社に残ることが、自分の可能性を制限することにはならない」と考えたのでしょう。

現に、彼はこの20年間で、多くの場所や人や出来事に触れ、経験値を増やし、

たくさんの資格も手にして、知見を広めていました。

おそらく、仕事の性質上、わたしよりもはるかに広く、世界をみてきたのだと思います。

20年ぶりに彼の話を聞いて、わたしはうらやましく思いました。

わたしも、会社に残っていれば、彼と同じような経験を積めた可能性は高いです。

しかし、そのような経験を積めたとしても、わたしの場合は、

「納得感のある20年」とは言えなかったでしょう。

振り返ると、組織から離れて独立していく人は、

この「納得感」を得るためにやっているのかもしれません。

「納得感」

とても重要なキーワードです。

昨日の仕事

  • 動画をユーチューブにアップロード

まだ簡単な編集しかできない。

もっといろいろな機能が、編集ソフトにはあるはずなんだけど。